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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)2921号 判決 1969年4月16日

原告 商工企業株式会社

右訴訟代理人弁護士 堀場正直

同 堀場直道

被告 株式会社東京銀行

右訴訟代理人弁護士 山根篤

同 下飯坂常世

同 海老原元彦

右訴訟復代理人弁護士 広田寿徳

同 馬瀬隆之

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

「被告は原告に対し、金四〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年三月三〇日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

主文同旨の判決。

第二、請求原因

一、原告は、訴外キヨ貿易株式会社(以下訴外会社という)が振出した左記約束手形の所持人である。

1  金額 金四〇〇、〇〇〇円

2  満期 昭和四二年九月三〇日

3  支払地 東京都新宿区

4  振出地 東京都千代田区

5  振出日 昭和四二年六月八日

6  支払場所 株式会社東京銀行新宿支店

7  受取人 泰嵩物産株式会社

8  裏書人 右同

二、(一)、訴外会社は、原告に対して右約束手形金の支払を拒絶し、昭和四二年一〇月三日、これによる銀行取引停止処分を免れるため社団法人東京銀行協会に提供する目的で右約束手形金を同額の金四〇〇、〇〇〇円を被告銀行に預託した。

原告は、昭和四二年一〇月五日、訴外会社に対する右約束手形金債権を被保全権利として訴外会社の被告に対する右預託金返還請求権につき東京地方裁判所に仮差押命令の申請をし、同裁判所は同日仮差押決定をし、同仮差押の決定正本は訴外会社には同年同月一四日に、また第三債務者である被告には同月九日にそれぞれ送達された。

(二)、原告は、昭和四三年一月一八日訴外会社を被告として東京地方裁判所に右約束手形金請求の訴を越し、訴外会社は原告に対して右手形金四〇〇、〇〇〇円およびこれに対する右約束手形の満期である昭和四二年九月三〇日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払えとの勝訴判決を得た。そこで、原告は、昭和四三年二月八日右判決を債務名義として東京地方裁判所に対し前記仮差押にかかる訴外会社の被告に対する預託金返還請求権につき差押および転付命令の申請をし、右債権差押および転付命令の決定正本は債務者である訴外会社には同年同月一二日に、また第三債務者である被告には同月一〇日にそれぞれ送達された。

(三)、ところで、被告銀行は、訴外会社が社団法人東京銀行協会に提供していた上記異議申立提供金四〇〇、〇〇〇円を昭和四二年一一月一一日に同協会より返還を受けたので、前記預託金返還請求権の弁済期は同日到来した。

三、よって、原告は、上記転付命令に基き被告に対して、前記預託金四〇〇、〇〇〇円およびこれに対する弁済期の経過した後である昭和四三年三月三〇日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による金員の支払を求める。

第三、請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

第四、抗弁

被告は左記(一)ないし(三)に記載する経緯によって訴外会社に対し、昭和四二年九月二日までに弁済期の到来した利息債権邦貨換算金四八一、六一六円を有していたので、同会社に対し昭和四二年一一月二九日付内容証明郵便により右利息債権を自働債権として、同年一一月一一日に弁済期の到来した同会社の前記預託金返還請求権四〇〇、〇〇〇円と対当額において相殺する旨の意思表示をなし、右書面は同年同月三〇日訴外会社に到達した。

(一)、訴外会社は左記為替手形を振出した。

1  額面 米貨四三、一三九ドル二〇セント

2  支払人 マーテル・エレクトロニクス・セールス社

3  満期 一覧後一五〇日払

4  支払地 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンジェルス市

5  振出人 キヨ貿易株式会社

6  受取人 株式会社東京銀行

7  振出日 西暦一九六七年一月三一日

(二)、被告銀行は、昭和四二年二月一日訴外会社から右為替手形を米貨四三、一三九ドル二〇セントから買取メール期間である一〇日間の利息に相当する金員を割引いた金額で買取り、買取メール期間である一〇日間を経過した翌日である同年二月一一日から満期までの利息については被告銀行の定める利率によって算出し、訴外会社に対しいつでも請求しうる旨約定した。右為替手形は、昭和四二年四月五日引受を拒絶された。

(三)  訴外会社は、右利息について昭和四二年二月一一日から同年三月三一日までの利息金邦貨換算金一一五、四四七円は支払ったが、同年四月一日から同年九月二日までの利息邦貨換算金四八一、六一六円(被告銀行は前記約定に基き同年四月一日から同年六月一七日までの利率を年五分五厘、同年同月一八日から同年九月二日までの利率を年八分九厘と定めた)の支払が残っていた。

第五、抗弁に対する認否

一、抗弁事実のうち、訴外会社が被告に対し四〇〇、〇〇〇円の預託金返還請求権を有し、右債権が昭和四二年一一月一一日弁済期に達したことを認めるが、その余の事実は知らない。

二、かりに被告が、その主張のとおり、訴外会社に対し四八一、六一六円の利息債権を有し、その主張のように相殺の意思表示をしたとしてもその効力は生じない。すなわち、本件預託金は原告主張の約束手形の支払拒絶による不渡処分を免れるため被告を通じて社団法人東京銀行協会に提供されたものであり、被告としては、その主張にかかる自働債権を本件預託金返還請求権と相殺する期待をもって取得したものではない。ただ本件預託金は被告が右自働債権を取得するに至った後に偶々その債務者である訴外会社が振出人として原告主張の約束手形の支払を拒絶したので、この手形の不渡処分を回避するため被告に預託されたものであり、被告としても自己がこれを預り保管していたのではなく、振出人である訴外会社のためこれを社団法人東京銀行協会に提供したというだけのことであるから本件預託金についてまで原告の仮差押に優先して被告主張の自働債権の相殺を許すべき合理性は存しない。またこの場合被告としては、手形振出人から本件預託金を受入れたときは、既にこの手形の所持人である原告が本件手形債権を有していたことを充分承知していたわけでありかつ原告から本件預託金返還請求権に対し法律上の権利行使が行われるのであろうことも当然予測し得たところであるから、このような場合にまで、被告が自己の有する反対債権と相殺することにより自己の債務を免れ得る期待を有していたものと解することは到底できないところであり、これを認めることは却って公平の理念に反するものと言わなければならない。

第六、証拠関係<省略>

理由

請求原因事実はすべて当事者間に争いがないので、被告の相殺の抗弁について考える。証人岡田弘道の証言および同証言によって各成立の認められる乙第一ないし第四号証、乙第六、七号証によれば被告は、訴外会社に対し、昭和四二年九月二日までにすべて弁済期の到来していた被告主張のとおりの邦貨換算金四八一、六一六円の利息債権を有していたことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。また証人岡田弘道の証言によって成立の認められる乙第五号証の一(成立に争いのない官公署作成部分を含む)、同二によれば、被告が訴外会社に対し昭和四二年一一月二九日付内容証明郵便により右利息債権をもって同年一一月一一日に弁済期の到来した前記預託金返還請求権と対当額において相殺する旨の意思表示をなし、右書面は同月三〇日訴外会社に到達したことが認められる。

これらの事実によれば、訴外会社の被告に対する右預託金返還請求権は、被告の相殺の意思表示により相殺適状となった受働債権である右預託金返還請求権の弁済期の到来した昭和四二年一一月一一日に遡って消滅したものといわなければならない。

これに対し、原告は、被告は右利息債権を右預託金返還請求権と相殺する合理的期待を有しないから、被告の右相殺の意思表示は無効なものであると主張する。すなわち、右預託金は、訴外会社が前記約束手形の不渡による銀行取引停止処分を免れるため被告銀行によって社団法人東京銀行協会に手形額面に相当する金員を異議申立提供金として提供してもらう必要があったため、被告銀行に預託されたものであって、被告は右利息債権と相殺する期待をもって預託金を預入れたのではなくまた被告は訴外会社より右預託金を預入れたとき手形債権者である原告によって右預託金の返還請求権に対し法律上の権利行使が行われることを当然予測しえたはずであると主張する。しかし、証人岡田弘道の証言および同証言によって成立の認められる乙第一二号証(東京手形交換所規則)によれば、いわゆる預託金とは、手形の支払義務者が銀行に異議申立を依頼するについて、その支払拒絶が、支払能力の欠如によるものではなくその信用に関しないものであることを明らかにし、かつ銀行が提供する異議申立提供金の見返資金とする趣旨で銀行に預託されるものであることが認められる。してみると、預託金は当該手形の支払を担保したり、これに対する期待に保障を与えたりするものでなく、手形の支払義務者の支払能力を示すためのものであるというべきであり、異議申立提供金が銀行に返還された後は、預託者の預託金返還請求権は、こと相殺に関しては通常の預金と別異に取扱うべき根拠はないものと考えられる。しこうして、前認定によれば被告の自働債権たる利息債権は預託金返還請求権が仮差押を受けた当時すでに弁済期に達しており、被差押債権はその後に弁済期が到来したものであるから、被告の相殺は有効であり、原告の上記見解は失当というほかはない。

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、失当であるので、棄却する。

(裁判官 伊東秀郎)

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